どうして名前が「三十五」なの? |
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いま作家の世界でもっとも有名な賞といえば、もちろん芥川賞と直木賞です。その直木賞のほうは、大衆文学に貢献した直木三十五という変わった氏名の作家がいて、その死後に設けられたものです。
もちろんこれは本名ではありません。本名は植村宗一です。彼が作家としてデビューしたのは31歳のときでした。そのときのペンネームは、植村の「植」を分解して直木、そして31歳だからということで「直木三十一」と名のったのです。
その後、作家活動を続けていくうちに、当然ながら1年ごとに年をとっていき、ペンネームのほうも三十二、三十三、三十四、というふうに、一年ごとに変えていったのです。もっともこういう出版社泣かせのクセは三十五歳のときにやめにして、それ以後はずっと直木三十五で通しました。
なお彼の場合はペンネームでしたが、このように数字だけで作られた名前というのは、ほかにも例があります。
本当かどうかは確かめられませんが、むかし正真正銘の名字と実名で一二三四五六という氏名の人がいた、という話がよく本などに書かれています。「ひふみよごろく」と読むらしいです。
昭和のご時世まで実在した人で、名字が九九、名前が八十一という、かけ算と同じ氏名の人がいました。「くくやそいつ」と読むそうです。
数字の名前として歴史上名高いところでは、太平洋戦争中の連合艦隊総司令官であった山本五十六(いそろく)です。父親が56歳のときに生まれた子なので、孫が生まれたみたいに喜んで、記念につけられたということです。
ほかに大正、昭和期の詩人であった西条八十(やそ)氏などもそうです。ただし映画監督の伊丹十三氏の場合は本名ではありません。本名は池内義弘でした。
地名のほうでは、数字だけの地名というのはめったにないのですが、例外的に大阪の十三(じゅうそう)だけは、阪急線にその名の駅まであって有名です。そしてその阪急電鉄の初代社長であり、また宝塚歌劇団をつくった天才的な実業家、小林一三(いちぞう)氏が、奇遇にもまた数字だけの名前でした。
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