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「姓名と日本人」(板垣英憲氏・DHC)という本があります。
日本中をさわがせた「悪魔」という名づけについてなど、いろいろ書かれていますが、かつて日本の細川首相が韓国の金泳三大統領に「創氏改名」の件でおわびしたことにふれ、日本人はこの「創氏改名」の意味さえ理解できない人が多いのではないかと指摘して、つぎのようにのべています。
そうした無神経さ、無関心さは、日本人自身が、姓名について、鈍感である
ことの証明とはいえないだろうか。鈍感というよりも、いいかげんなのである
私たち日本人はたまたま今、朝鮮労働党という組織が嫌いですし、またこの「創氏改名」というのは、日本政府がむかし朝鮮でおこなった政策ですが、ふつうの人にはちょっとわかりにくいテーマなのです。
とはいっても、むかし日本人が一般の朝鮮人にやってきたことのなかで、大きなうらみをかったもののひとつが「創氏改名」ですから、このことを忘れれたら、日本人が名前に鈍感だといわれてもしかたはありません。
ただそういうむつかしいテーマとはべつに、今どきの名づけについても、親の鈍感さを批判する人たちもいます。たとえば、
親は子供に次々と要求をつきつける。かわいそうに、子供は親から数々の迷惑をこう
むるのである。この迷惑の中で最大のものが、子供が一生使う名前を勝手に決められる、
ということではなかろうか。変な流行に乗ったり、いかにも考え抜いたとアリアリする
名前だったり、後で苦労するだろうな、と思う名前によく会う(藤門弘氏・Balloon)
こうなると、もはや親から命名権を取り上げた方がいいのではないかとも思われる。
…親には生後十年間使用する仮名の名付けは認めるものの、満十歳に達した時点で、
子供自身にその後の名前を決めさせるのである。(中略)こういう策を講じなければな
らないほど、この問題についての親たちの振舞いは手前勝手で自己陶酔中心的になって
きている(宮崎哲弥氏・週間文春)
では、じっさいに名づけをしている親たちは、命名権を取りあげた方がいいほど不まじめなのでしょうか。たしかにふざけ半分や、目立ちたがりの名づけをする人も一部にはいて、世の中でひんしゅくを買っていることも事実です。
でもそういう名づけをする親自身には何も言わないほうがいいので、他人があまり反応すると彼らの思うつぼです。「悪魔」という名づけに日本中がさわいだとき、父親はじつに得意そうな顔をしていました。
また満10歳で本人に名前を決めさせるといっても、親の口出しを止められるのか、また親がまともな名づけをできなかったのに、その子が小学4年生できちんと名前をつくれるのか、疑問はあります。その子たちに向けて、また質の悪い名づけの本が洪水のようにあふれ出てくるのは目にみえています。
じっさいには、名づけの現場で多くのかたの相談をお受けしている専門家からみますと、名づけ相談をされるかたは、まじめに名づけを考える人がほとんどで、名前にたいして鈍感で無神経な人というのはめったにいません。まあ、そういう人ははじめから名づけ相談はしないのでしょうが…。
それよりも専門家として感じられるのは、日本人の名前にたいするいいかげんさというのは、政治や行政にもありはしないか、ということです。
そのひとつが、わたしたちの名前を管理する「戸籍法」という法律です。
この法律には「名」というコトバがあちこちに出てきますが、その「名」とは何なのか、定義がどこにもみあたりません。そんな法律の作りかたがあるでしょうか。
また「名を変えたいときはちゃんとした理由をもってきて許可をとりなさい」とは書かれていますが、じっさいは名前をかえずに、べつの名前を作って使う人はよくいます。こういう名前の二重使用はいいのでしょうか?これも書かれていません。
これについてははるか明治5年に、「名前はひとつにしなさい」というお達しは出ています(太政官布告149号)。でもそんな大昔のカビくさいおフレを、いまどきだれが発掘して読むでしょうか?いまの法律に書いていなければ、だれにもわからないのです。
また戸籍法には「だれそれが出生届を出しなさい」という、届出義務者の規定はありますが、そもそも名前をつける権利はだれにあるのか、というもっとも大切なことが書かれていません。そのため全国で、名づけをめぐるトラブルがたえないのです。親から命名権をとりあげるというまえに、親に命名権があることすら法律のどこにも明記されていないのです。
これらのことが、すべてひとつの法律のなかできちんと書かれていてこそ、名前とは何か、名づけとは何かということがだれの目にもハッキリするのです。ところが戸籍法は、役所の中の事務のことばかりに気をとられて作った規則集みたいなもので、私たち市民にとって大事なことはほとんど書かれていません。
その結果、「名前は国が管理する社会の共有物である」ということが忘れられ、名前を個人のもち物のように勘ちがいして乱暴にあつかう人もでてきてしまうのです。
名前に使える漢字をどのような基準で決めるか、まちがった読み方の名前や、名前の二重使用にたいするペナルティをどうするかなど、政治や行政がまじめにとりくんで考えるべきことはたくさんあります。それがいいかげんなままだったら、名づけをしている親たちのことなど言えないはずですが、さあ、みなさん、いかがなものでしょうか?
参考図書 : 姓名と日本人(板垣英憲)<DHC>
創氏改名(宮田節子・金英達・梁泰昊)<明石書店>
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