司馬遼太郎さんの理想



 作家の司馬遼太郎(本名福田定一)さんは、「龍馬がゆく」「国盗り物語」「坂の上の雲」「翔ぶが如く」など数多くの歴史小説をのこし、その作品のいくつかはNHKの大河ドラマにもなったりして、多くの人に歴史のおもしろさを教えてくれました。
  
(注)ただし盗を「とる」、翔を「とぶ」と読ませるのは、小説のタイトルならいいですが、あて字です。人の名前で、たとえば「勇翔」と書いてユウトと読ませようとしても、正しい読みかたになりません。
 ところで歴史というのは、小説やドラマになると面白いのに、学校の歴史の教科書となると、どうしてああも徹底してつまらなく、読む気もおきないのでしょうか?
 もちろん、「覚えろ」と言われながら読み、「覚えたか」とテストまでされては、だれだって不愉快で、たのしくは読めません。でも、もっと大きな理由があるのです。
 それをとくカギが、
司馬遼太郎さんのペンネームにあります。
 
司馬遼太郎さんのペンネームは、「わたしは司馬遷(しばせん)に遼(はる)かに及ばない」という意味でつくられたそうです。
 では、
司馬遼太郎さんほどの人がそこまで尊敬し、理想としていた司馬遷とは、どういう人なのでしょうか?
 
司馬遷は2100年以上もまえの中国に生きた、天才的な歴史家です。彼が十数年をかけて書いた「史記」130巻は、その精密な調査による資料としての価値はもちろん、そのすぐれた表現力によって、いまも世にまれにみる名著として評価されています。
 史記はじつにユニークな構成のもので、本紀(ほんぎ=年代順の政治史)、列伝(個人の伝記)、世家(せいか=地方史、郷土史みたいなもの)などからなり、いろいろな角度から歴史の流れを書いています。
 と言えば、もうおわかりでしょうが、わたしたちがムリヤリ読まされた学校の歴史の教科書というのは、政治史、つまりここでいう本紀にかたよっているのです。
 「○○年に、こういうことが起きた」ということばかりならべられても、それはただの年表であって、そこから生きた人間の姿はみえませんから、おもしろいワケはありません。
 私たちにとっておもしろく、役にたつ歴史は、そこに居合わせた人間が、どういう環境のなかで、どのように育ち、だれに恋し、だれに泣かされ、何を求め、どう生きようとしたのか、というナマの人間の姿です。
 それはふつう伝記とよばれ、歴史とはいいません。たとえば受験生がだれかの伝記などを読んでいると、遊んでいるみたいにみえ、「勉強しないのか」と言われてしまいます。
 でもそれは本当はおかしいのです。もちろん伝記を読んでもテストでいい点はとれないでしょうが、歴史を本当に実感でき、わが事のように役立てられるのは、教科書や受験参考書でなく、小説や伝記のほうなのです。もちろん小説はつくり話もまじっていますが、どうせ教科書だって百%事実かどうかわかりませんし、テスト用の知識を棒暗記してみたって、それで歴史がわかるわけではありません。
 
司馬遷は「伝記があってこそ歴史なのだ」と考えたのです。史記は本紀が12巻にたいし、列伝は70巻あり、いかに伝記を重視していたかがわかります。