どんな人が芸術に向くか 棟方志功と富岡鉄斎 |
世の中には生まれながらにして芸術の才能をひめた人がたくさんいるはずです。でも、これを子供のときに他人が発見するのはほとんど不可能にちかいことです。 よく、「わたしは図画の点は悪かったから…」とひがんでる人もいますが、わたしたちが画家、デザイナー、書家、音楽家、作家に向いているかどうかは、学校の図画工作、習字、音楽、作文の点数なんかでカンタンにわかるものではありません。 学校の点数というのは、悪くいえば、モノをつくる楽しみをなくし、自分の才能に気づかなくさせてしまう面もあると思います。頼みもしないのに人の作品に点数をつけるのは、(子供は文句も言わないけれど)、まことに失礼な、芸術とかけはなれた発想です。 しかしながら、かくれた才能をもし発見でき、のばすことができたとしても、その才能が世の中で広くみとめられ、収入を得られるかどうかはべつの話です。そこにはちがう条件がからんできますから。ただ性格的なことだけをいえば、芸術に向くのは、人の目を気にせず、自分の好きなことに熱中するタイプの人でしょう。そしてそのなかには、一本道をまっしぐらに走るタイプの人もいれば、ことさら目的をしぼらずに、あれこれ遍歴をする人もいます。 1970年に文化勲章を受賞した、世界に誇る天才的な版画家、棟方志功(むなかたしこう)はまさにとりつかれたように、版画と向き合った生きざまでした。志功という名については、生まれたとき祖母が「彦」とつけるつもりで役所へ行ったら、なまりがひどかったので役所の職員が「シコウ」と聞きちがえて書いてしまったという、ウソかホントかわからない話もあります。 でも結果として、それが生きざまをあらわす象徴名前になったのです。
つまり志功の名は、道具でけずることに専念する、という意味で、いかにも彫刻や版画のイメージといえます。 これに対し、流れのままに遍歴をした芸術家として、明治大正期の画家の富岡鉄斎(とみおかてっさい)がいます。本名は猷輔(ゆうすけ)といいます。 猷はいまは名前に使えない字ですが、この字のなかにある「酉」は、フタにヒモをかけた長期保存用のツボを描いたものです。酒の字をはじめ、酔、配、酷(お酒がたくさん)、醜(飲みすぎる)、酎、酌、酩、酊など、お酒にかんする字にたくさん使われ、ほかにも酢、酵、酸、醸、酪、醍、醐など、ツボにまつわる字に入っています。 この「酉」に飾りをつけたのが「酋」の字で、とくに上等なお酒のことです。そこでトップの人を昔から酋長(しゅうちょう)といいます。 その上等の酒に、犬をつけたのが猷の字です。 犬(ワンチャン)はお酒に強くありません。「あの犬は酒飲みだ」なんていう話はまず聞きません。鼻がするどいので、お酒の臭いをかいだだけでフラついて、寝ころんでしまいます。 そんなわけで、酋と犬を合わせた猷の字は「長く伸びる」とか「ゆっくりする」の意味で使われてきました。 富岡鉄斎は、一本道を走るタイプでなく、ゆっくりとたくさんの趣味を楽しんで味わう人でした。国学、漢学にひかれ、仏教や詩を学び、陽明学の講義をし、各地の神社で宮司をやりながら、あるときから日本画に熱中し、その範囲は大和絵から南画におよび、そして美術学校の教師をし、また古墳の保護や蔵書家としても知られ、じつに巾の広い人でした。 中国の文芸にひかれたためか、絵の作品は中国的なテーマが多くみられます。長生きをした人ですが、晩年になるほど有名な作品が多く、もし10年はやく世を去っていたら画家として後世に名をのこしたかどうかわかりません。いわば、そのように大陸的でおおらかな生きかただったのです。 |
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