200億円の特許


 
今回は、世間をさわがせた、ある特許紛争についてです。
 アメリカの大学教授、
中村修二氏が、もと居た会社、日亜化学工業にたいし、自分が在職中に取得した特許の使用料を支払え、との訴えを起こし、東京地裁は原告の主張を全面的にみとめ、日亜化学工業にたいし、200億円の使用料を支払え、との判決を出しました。
 この事件は会社がわが控訴し、最終的には和解となったのですが、この1審判決だけは、知的所有権の大切さを世にしめす画期的なものでした。
   
知的所有権とは、特許、実用新案、意匠(デザイン)、商標(称号やマーク)、著
  作権(文書、音楽、絵、写真)を、ぜーんぶひっくるめた呼びかたです。たとえば子
  供がかきなぐった絵でも、他人がそれを無断で使ったら、著作権の侵害になるのです。

 企業内での技術開発、つまり「職務発明」については、企業がわからすれば、実験設備を提供し、給与を払っているという言い分があって、報酬をめぐってよくトラブルはおきます。
 もともと欧米とちがって日本では、情報や創作が個人の所有物だとか資産だというセンスはとぼしく、一銭もはらわずに専門家の知識を電話で聞いたり、他人の著作物をコピーして使うくらい、多くの人にとって朝めしまえです。
 それはともかく、まずは中村修二氏のお名前から。
 の字は、人、水、道具、光をあわせたものとかんがえられています。人に水をかけつづけて清めることで、それより「がんばりつづけてリッパになる」という意味でつかわれてきました。
 そして、
をあわせたお名前は、「二つの上につづけて光らせる」という意味になり、すでに開発されていた赤と緑につづけて、青色の発光ダイオードを開発したことをあらわす象徴名前になっています。
 この3色によって、あらゆる色の合成ができるようになったとすれば、ご本人のおっしゃるとおり、世紀の大発明でしょう。
 200億円という金額が妥当かどうかは、私たち素人には考えようもありませんが、
中村教授の本意は「技術をちゃんと評価せよ」ということにあるのでしょう。ようするに「バカにするな」ということです。
 ところでここには、名づけともつながる、あるテーマがあります。
 よく名づけのとき、「いい名前をひとつだけ知りたい」と、いきなり答をもとめる人がいます。でも、名づけも創作ですから、あらかじめきまった答などありません。たくさん候補を出すうちに、自分にとって最高と思える答がみつかるのです。
 私たちには「ムダは悪いこと」という教育がしみついてしまっていますが、じつは案を出したり創作をするときは、「高い山はすそ野も広い」ということが基本です。たくさん積みあげることが勝負であって、ムダという考えは禁物です。
 日本は技術者がめぐまれない国といわれます。それは技術者の研究が素人目にムダにみえることが多く、「予算だけつかって、たいしたことをしていない」と思われやすいのです。
 しかし未知の世界にいどむ科学技術には、ムダという発想はありません。ノーベル物理学賞にかがやいた
小柴昌俊教授は、あるTV番組で「ニュートリノの観測結果はどんな役に立つのですか」と聞かれ、「たとえば電子が発見されたとき、いまの電子社会をだれも予想しなかったでしょう」と答えました。
 すぐに事業につながらなくても、ノーベル賞をくれるのです。まして何千億もの売り上げにつながったという結果まで出ている発明であれば、日本の法律や常識がどうであれ、世界の常識にそって発明者を評価してあたりまえで、それでこそ若い人たちも夢がもてて、勉強する気がおきるのです。
 奇しくも
中村教授の200億円の判決とおなじ日に、オウムでサリンをつくった土谷正実に死刑判決がでました。
 (目的は悪いが)技術屋を大事にするオウムにひかれ、無差別殺人に手をそめた
土谷…。技術者を評価するアメリカへ脱出して成功した中村教授…。この対照的なケースのどちらにも、優秀な頭脳を遠くへ去らせた日本の悲しい姿がみられます。
 ついでながら、日本社会の技術にたいするつめたさは、特許の出願料や登録料の高さにもみられます。
 何かの発明をし、特許を1件出願して審査してもらうだけで、(弁理士費用をのぞいて)19万円の費用がかかります。個人が簡単に払える金額ではありません。特許をとって25年間登録すると、かかるお金は全部でざっと170万円。特許を10件出せば1700万円です。これが中小企業の経営を圧迫し、すそ野の多くの発明、お金のない人の出願をしめ出しています。
 つまり「そういう費用が回収できないような、もうからない出願はやめときな」ということですが、もうかるかどうかは結果論であって、あらかじめ答はないのです。
 大事業につながるヒット発明は、役にたつかどうかわからないたくさんの発明の積みあげのなかから、結果として生まれてくるのです。あらかじめ「もうかるものしか出すな」とハードルを高くしたら、ヒット発明も出なくなります。
 政治家はこういうことにはまるっきり関心をもってくれませんが、これでは多くの人が夢や意欲を失い、社会全体がなかなか豊かになりません。
 発明だけでなく、広くアイデア、創作、そして名づけにいたるまで、みな同じです。はじめからよい案、ムダな案などと区別したり、いい答だけを一足飛びに得ようとしたら、いい案も出なくなるのです。