ゲリラ戦の天才 毛沢東 |
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中国では兄弟の名前に同じ字をいれる家も多く、毛沢東(マオツートゥン)の二人の弟は沢民、沢覃といいます。のちに1993年に国家主席となった江沢民は、じつは毛沢東の弟と同じ名前です。
東の字は、はじめはモノをタバねた状態を描き、それより、太陽の光がまとまって出てくる方角も意味しました。 つまり沢東の名は、「こまかいものをタバねる」という意味で、いかにも彼がトクイとした、バラバラの状態でたたかうゲリラ戦をあらわすような名前です。 むかし日本軍も、便衣隊とよばれる中国のゲリラになやまされました。ゲリラは一般市民と区別できず、ルールもへったくれもありません。思わぬときに襲撃され、反撃すれば「市民を虐殺した」と宣伝されます。こうしたゲリラの力を知りぬいていたのが毛沢東で、彼はその戦いかたを中国全土にひろめ、戦争の概念をガラリとかえてしまったのです。 毛沢東の父親の毛貽昌(マオイーシャン)は、貧しい農家を一代で豊かにしたヤリ手でしたが、家族にはきびしく、毛沢東も幼いころからこき使われ、よくなぐられたといいます。そういう父親にたいする反感が、無意識のなかで、反権力闘争の感覚をつくり出したのかもしれません。 あるとき父親が、お金に困っている親類の土地を買いとろうとしたとき、毛沢東と母親は「人の弱みにつけこんで財産をうばうことだ」と猛反対したというエピソードもあります。 こうした父親への嫌悪感は、お金をあつかうこと自体への嫌悪にもなったようです。 毛沢東は大変な読書家で、とくに歴史に興味をもち、三国志演義や水滸伝などの歴史小説も好きでしたが、経済の本はほとんど読まず、お金にモノをいわせる発想を帝国主義と呼んでさげすみました。 しかし経済にうとかったことが、革命後の第1次・第2次5カ年計画の挫折、人民公社による農業政策の失敗をまねき、何千万人もの餓死者を出したとすれば、親の影響というのはホントにおそろしいものです。 中国大陸はいつの時代もそうですが、20世紀はじめも群雄割拠、四分五裂の世界で戦火が絶えず、多くの犠牲者が出ていました。アメリカを背景にした蒋介石、ロシア共産党を背景にした毛沢東、日本を背景にしたラストエンペラーや汪兆銘をはじめ、たくさんの政治集団、武装集団、また盗賊集団までもがあちこちで衝突をくりかえし、日本人が攻撃されても相手が誰なのかわからないため、どこまでも事態がこじれていったのです。こんな修羅場のような中国大陸に深入りしていった日本人もバカだったのかもしれません。 共産党のゲリラ活動が本格化したのは、第一次国共合作(国民党と共産党の協力)がくずれ、国民党軍に大攻撃をくわえられてからです。1927年に共産党は「秋収蜂起」とよばれる反撃にでましたが敗走し、袁文才や王佐などの緑林に助けられて井崗山に立てこもりました。 緑林(ルーリン)とは、日本人にはわかりにくいですが、堂々と悪いこともし、たまにあくどい官僚ともたたかう盗賊で、中国にはむかしからそんな集団がたくさんいました。 のちに共産党が勢力をもりかえしたとき、党内から流氓をなくそうという動きがでた時期があります。 流氓(リューマン)とは、やくざ、ごろつき、ちんぴら、不良、博徒、密売人などをひっくるめた言いかたで、「とてもじゃないが、こんな連中とはやれねーヨ」という声があがり、このとき緑林の袁文才や王佐も殺されてしまいました。 しかし国民党軍との戦いがはげしくなると、共産党もそんなことは言っていられなくなり、あらゆる世界に支持者をひろげていきます。もちろん革命後の政府には、学者・知識人もたくさん加わりましたが、革命そのものは、一部の読書人だけでやれることではありません。その原動力になったのは、雑多な世界の雑多な分子で、それをひとつにまとめて組織づけたのは毛沢東の才能です。このへんのことは「中国革命を駆け抜けたアウトローたち」(福本勝清著・中央公論社)にくわしく解説されています。 そして共産党が緑林とともに井崗山に立てこもったのは、水滸伝の世界そのものでもありました。水滸伝は、北宋時代のすえ、108人の武術家が梁山泊に立てこもって反乱をおこす物語で、史実にもとづいています。そこには塩の密売グループをはじめ、さまざまの世界の人間がでてきます。 「そんな歴史小説なんか関係ないよ」と思う人もいるでしょう。日本ではたしかにそうで、たとえば平家物語を読んで、いまの日本を理解することなんかできません。でも、「史記や三国志や水滸伝を読めば、中国という国がわかる」というのは、中国通の人たちがよく言うことです。 そして日本が敗戦で中国大陸から引きあげたあとも、中国大陸では血みどろの戦闘が続き、あらゆる世界の雑多な人間がタバねられた共産党のゲリラの力は、つにに国民党軍を台湾にまで退却させてしまうことになります。 そしてのちに1960年代に毛沢東が発動した文化大革命も、何百万人という一般市民が殺害されましたが、それも最初は民間ゲリラのような形ではじまっています。中学生や高校生がいきなり中国全土で蜂起したのですから、一般人には何がおきたのかわからず、ムキに殺しあうこともできません。 そののち、ついにアメリカ軍までが、中国を背景とした北ベトナムと戦い、まるでカッテのちがうゲリラ戦に苦しめられ、敗走するハメになります。 そしていまでは、アラブ系のゲリラに、世界がおびえているわけです。 |
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