風林火山より大事なコトバ |
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大河ドラマ「風林火山」の主人公、武田信玄の軍師の山本勘助(やまもとかんすけ)は、謎の多い人物で、「実在しなかった」という説までありますが、でも一方、ヤマカンという言葉ものこっているくらい勘がよく、見通しの利く人物だったともいわれます。 この風林火山とはいうまでもなく、孫子(そんし)という兵法の書のなかの、 疾(はや)きこと風のごとく、徐(しず)かなること林のごとく、 侵掠すること火のごとく、動かざること山のごとし という一節を武田信玄が好み、軍旗に書いた四字です。 孫子というと、日本では「孫子(まごこ)の代まで」という言葉があって、ちょっと奇妙にみえますが、これは孔子や孟子と同じように孫という人を尊敬した言い方でしょう。 中国の古典は孟子、荘子、韓非子、荀子、墨子など人物名で呼ばれるものも多いですが、孫子という書物は紀元前6世紀の呉の国の軍師、孫武の作といわれます。ただ孫武についても(むかし海音寺潮五郎氏の小説は出ましたが)くわしいことはわからず、謎につつまれています。もっとも、はるか古代の人だから仕方ないですが…。 三国志の物語に孫権という人が登場しますが、その人は3世紀におなじ地方につくられたおなじ呉という国(呉服の発祥の地)の国王です。そして孫という姓は朝鮮半島にも伝わり、私たちにもなじみぶかいのがソフトバンクの孫正義社長です。 ところで中国大陸は戦乱の世界でもあります。わかっている3千年くらいの歴史でも、多くの民族、国、集団が入り乱れながら、いつも中国大陸のどこかで、ときには全域で、無数の闘争がくりひろげられてきました。 日本の場合はおもに武士どうしの戦いで、それも戦国時代でほぼ終わっていますが、なにせ中国大陸はだだっ広く、全土が平和につつまれた時期はあまりなく、いつも他国を攻め、また他国に攻められ、分裂、内戦もたえまなく、一般人にたくさんの犠牲者が出ていました。 そんな風土の中で、古代からたくさんの戦術(兵法)の書も生まれました。とくに兵法七書とよばれる七つの書物が有名で、その代表が孫子です。「孫子があればほかの本はいらない」といわれるほどの名著で、それこそ孫子(まごこ)の代まで伝える価値があると永く世界中で評価されてきていて、ナポレオンも愛読したといわれます。もちろん和訳、解説書もたくさんありますが、原文は意外にも1日で読めるくらいの量です。 戦後の日本では「戦争の本なんか有害だ」「孫子のような古い本を読んでいたから戦争に負けたんだ」とか何とかいわれ、人前で開きにくくなってしまいました。でもこれは人生訓のつもりで読んでも有益な本で、しかも内容をみますと、日本人は孫子を読んだから戦争に負けたのではなく、むしろ戦前も戦後も孫子の教えをちっとも守っていないじゃないか、と思えてきます。 たとえば孫子のなかには、風林火山より有名なコトバもあります。 彼を知り己(おのれ)を知れば百戦して殆(あや)うからず 相手を知り自分を知れば何度戦っても大丈夫だ 私たちは自分自身の姿を知らなすぎ、他人もうわべしか見ないため、人間関係でいつも予想外のことがおきて困っています。トラブルがおきても、自分や相手のおかれた状況を正しく見るどころか、敵味方の区別さえまちがえることもしばしばです。 このように孫子に書かれていることは、見ればわかった気になりますが、「言うはやすく、行うは非常にむつかしい」ということが多いのです。 国どうしもそうです。日本人は、自分の国やよその国々のことを正しくつかむ努力をしてきたでしょうか。しなかったために、戦前はいろいろな場面で判断をまちがえ、戦後もよその国々に主導権をにぎられているのではないでしょうか。孫子は、 其の来たらざるを恃(たの)むこと無く、吾れの以て待つ有るを恃(たの)む 敵が攻めて来ないことをアテにせず、自分が準備した上で安心してよね と言い、軍備は必要だと説いていますが、同時につぎのようにも言っているのです。 上兵は謀を伐ち、其の次は交を伐ち、其の次は兵を伐ち、其の下は城を攻む うまい戦争は知謀(戦略)で勝ち、つぎは外交で勝ち、つぎは戦い で勝ち、いちばんヘタなのは相手の陣地を攻めることなんだ つまり戦略と外交で相手をコントロールするのが理想で、じっさいに戦ったり攻めたりするのは仕方ないときやることだ、といいます。これが戦争をあおる有害な書物でしょうか。 日本人は、世界でもめずらしい、平和な国づくりのうまい民族で、市民どうしの大量の殺し合いなど1度もやったことがありません。よその国も見習うべきです。でもいわれてみればたしかに、日本は孫子が一番強調している戦略と外交がいいかげんです。 ですから戦前は「戦争に勝ちゃいい」、戦後は「戦争で勝った国の言うことを聞きゃいい」といった空気で、これではどちらも戦争肯定です。本当は国の主張や利害というものがさきにあって、そのために戦略がいるのであり、戦争で答を決めるのは最悪の方法なのです。 明治以来、日本だけが「白人と有色人種を平等にあつかえ」「アジアの植民地を独立させよ」と主張してきたことは、今考えてもおかしくありません。ただその主張を世界に広める戦略をおろそかにして、よその国につられて軍事ばかり考え、しまいには袋だたきにされ、軍備をとりあげられました。 ならばというので、戦後は平和的に国際貢献を続けましたが、よその国々は日本にミサイルを向けたり、カッテな時に戦争ばかりしてきています。日本は自国の理念を世界に広める戦略がなく、経済ばかりを考えるので、お金ばかり取りあげられ、いまや重労働と借金づけの国です。 戦略のない日本は、いつも自己表現がヘタで、努力が水の泡になるのです。どこの国だって過去の悪事には口をつぐみ、自国を正当化する情報操作に必死で、ひどいときは外国のメディアや教科書まであやつるほどの図々しい国家戦略を立てます。 世の中はまさに孫子の言うとおりで、日本だけが孫子の教えをおろそかにし、ノーテンキで怠慢でいるともいえます。企業にだって戦略はあるのに、国にないなんて異常です。日本も世界中に通信基地をつくり、日本がしてきた努力を強調し、拉致、領土侵犯、治安の悪化、環境汚染など日本が受けた被害、侵害、内政干渉を遠慮なく訴え、平和のための理念や主張を世界にむけて発信すべきでしょう。 これからの私たち日本人に大切なのは、外国人と一緒に自分たちの先祖を悪人呼ばわりすることではなく、孫子の教えを正しくくみとり、すぐれた戦略を打ち立て、したたかな国際社会できちんとした主張や理念を展開しながら生きのびていける国を作ることでしょう。 |
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