合わせ名前 |
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ふたつの名前を合わせる、ということは世の中でよくあります。たとえば自由民主党(自民党)は、はじめは自由党と民主党がいっしょになってできた党名です。ふたたび民主党がはなれたあとも同じ名前を続けていますが…。 銀行の合併がつづいたとき、はじめは○○△△□□銀行、などと長い名前になって不便でしたが、その後はみずほ、あさひ、りそな、などひらがな3文字が主流です。 名前がつなげられるのは合併のときだけとはかぎりません。三越というデパートの名前は、三井家が経営する越後屋という商店が独立したとき、両方の字をとってつけられています。 むかし、日本ではじめて大がかりな怪獣映画がつくられたとき、ゴリラとクジラを合わせてゴジラという名前にしました。この映画は大ヒットしたので、理科のテストなどで恐竜の名前に「ゴジラ」と書いた小学生もよくいたようです。ある落語家は、「二つ合わせりゃいいならオレだってできる。ブタとニワトリを合わせてブーコッコがいい」などと言いました。 人の氏名でも、ふたつ合わせられることがあります。 歴史上有名なのが豊臣秀吉です。木下藤吉郎という氏名を改めるとき、同じ織田信長の家臣であった丹羽長秀と柴田勝家の名字から1字ずつもらって羽柴秀吉と名のっています。むかしは家名というのは社会のステータスでしたので、家がらのない秀吉にとって武家の字を使わせてもらうことは大変な名誉でした。秀吉は源氏の流れをひく将軍家の足利義昭と縁をむすんで源氏の末裔になりたいと願いましたが断られています。でも歴史の流れは皮肉で、丹羽長秀はのちに秀吉の配下になり、柴田勝家は秀吉に攻め滅ぼされてしまっています。 時代はくだって、昭和のはじめに多くの移民が海外へわたりましたが、移民にとってこわかったのが差別や迫害で、その意味で満州の日本人にとっては関東軍が心強い存在でした。満州青年連盟の幹部で歯科医であった小沢開作という人は、関東軍の石原莞爾、板垣征四郎の二人の参謀の名前から1字ずつとって自分の子に征爾と名づけました。その子がのちに世界的な音楽家として活躍した小沢征爾さんです。 ところで地名でも、ふたつの地名から1字ずつとった例があります。市町村の合併のとき、両方の顔を立てて1字ずつとるためです。東京を例にすれば、大森と蒲田が合わさって大田区、国分寺と立川が合わさって国立市、昭和町と拝島町が合わさって昭島市、などです。なお東京メトロの東西線は東西に走る線のことだと思われやすいですが、もとは東中野と西船橋を結ぶ計画だったので両方の1字ずつをとったともいわれます。だとすれば東のはじが西船橋で、西のはじが東中野だったわけで、方角は逆になり、カンちがいしやすいややこしい名づけです。 |
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