消えた大韓航空機   金賢姫



 最近、拉致被害者の家族と金賢姫元死刑囚の面会が実現しました。金賢姫の名前については著書「名前学」でも解説しましたが、事件を風化させないためにもう一度とりあげてみます。
 1987(昭和62)年11月29日、アブダビ発の大韓航空機KE858便がインド洋の上空で突然姿を消した、いわゆる大韓航空機爆破事件は、また「名前」というものが終始話題になり続けた事件でもあります。
 航空機失踪のあと、バハレーンで男女二人が身柄を拘束されました。彼らのパスポートは「蜂谷真一」「蜂谷真由美」という日本名でしたが、パスポートは偽造されたもので、服毒自殺をした蜂谷真一は本名が金勝一(キムソンイル)で、かつて日本国内に潜入してくらしてもいました。蜂谷真由美は日本に足跡がないことから、身柄は韓国に引き渡されました。にもかかわらずこの時期、赤ちゃんに「真由美」と名づける人がぱったりいなくなりました。
 バハレーンの病院での取り調べで彼女は「私は中国生まれの百翠恵です」と名のりました。もっともこれは彼女が手記に書いていることで、当時の日本ではどういうわけか「百華恵」と名のったと報道されました。
 この名前を見て多くの日本人がタレントの山口百恵を連想し、「ありゃ百恵のファンじゃないか」などと言いましたが、ある中国通の人は「中国女性にこんな名はあり得ない」と指摘しました。たしかに「華恵」は中国音では読みづらい名前です。中国の女性は一般に華(ホァー)の字は最後につけるのが普通のようです。
 ただ、このときだれも指摘しませんでしたが、「百」(パイ)というのも中国では珍しい名字で、中国姓氏大全(北京出版社)にはこう書かれています。
     
「百:歴史上的罕見姓。古代高麗族八姓之一姓百」
 つまり「百」は中国では珍しい、高麗民族の姓なのです。もし彼女がとっさにこの名字を思いついたなら、彼女は高麗の地、つまり北朝鮮の出身である可能性が大きいことになります。
 取り調べの結果、彼女はついに「金賢姫」という名前を明かし、北朝鮮の工作員として航空機爆破を実行したと自供し、のちに1989年にいちど死刑判決をうけました。
 彼女は北朝鮮で日本人のウネという30代の女性に日本語を習ったことも供述しました。その時ウネを日本名だと思ったのか、漢字で「采女」と書いた週刊誌がありました。しかし「采」の字は昭和22年から平成2年まで名前に使えなかった字で、30代の日本女性で「采女」と書く実名はありえないのです。
 のちに金賢姫は、ウネという女性の実名が「千歳」だったことを思い出し、二転三転したあげく、やがて日本で行方不明となっていた田口八重子さんと同一人物であると判明しました。

 ところで金賢姫の名前の「賢」の字は、うつむいた目と、手と、貝(お金)を合わせたもので、下を向いて手でお金を数えることをあらわします。これが彼女の場合、事件にさいして自分自身がかかえていたテーマでもあり、爆弾をしかけたあと逃げきれずに逮捕された、という結果にもつながることのようにみえます。
 「姫」の古い字体は何とおりかありますが、クシと女性を描き、身分の高い女性をあらわします。北朝鮮では工作員に抜擢されること自体、超優秀なエリートです。
 バハレーンはアラビア語で「海」を意味し、美しい海に囲まれた島国です。ここから陸路では脱出できません。もし彼らが充分なお金をもち、爆弾をしかけたあとバハレーンの空港で折り返しヨーロッパへ向かう便に乗っていたら、私たちは彼らの名を知ることもなかったでしょう。だが彼らはそうしませんでした。それが「お金を数える」という意味の、彼女の名前とつながってくるように思えます。
 彼女の手記である「金賢姫全告白、いま、女として」の中には、つぎの記述があります。それは彼らがウィーンのアリタリア航空で買ったという、
    11月29日9時00分 アブダビ発アンマン行き…ヨルダン航空RJ603便
    11月29日12時10分 アンマン発ローマ行き……アリタリア航空AZ719便
の2枚のチケットを、11月30日にアリタリア航空へ持って行き、当日バハレーンを出発する便に変えてほしいと頼み、満席だったので仕方なく、
    12月1日8時30分 バハレーン発アンマン行き
の予約をしたというのです。しかしこれはヘンな記述です。11月30日といえば2枚のチケットに書かれた飛行機は前の日に離陸しており、しかもヨルダン航空は別会社です。「満席だったので」という前に、そんなチケットの交換がなぜできるのか、手記はそれについて一切ふれていません。彼らがしなければならなかったのは、無効になったチケットを持ってうろつくことではなく、バハレーンを飛び立つ最も早いチケットを新たに買うことだったはずです。
 国際ジャーナリストの惠谷治氏は「朝鮮謀略戦争の読み方」の中で、バハレーンからアンマンに向かうために手に入れたチケットはアリア航空のものであると判断し、アリアとアリタリアを本人も混同してるんじゃないか、と推察しています。そうなるとこれも名前の問題です。そして次のようにも述べています。
 「
遺留品の財布の中には、正確な金額は公表されていないが、作戦終了後とはいえ、工作資金としてはあまりに少ない現金しか残されていなかった。十分な資金が用意されていたならば、アブダビで入国が無理と判明した時点で、新規に航空券を買って追跡を振り切ることができただろうと思う」「バハレーンに二日も何故いたのか、という疑問が論じられているが、私の考えでは、この乏しい予算と無関係ではないと思う
 とにかくバハレーンから一刻も早く立ち退きたかったはずの彼らが、なぜ別の航空会社のもっと早い便をさがさなかったのか、です。それがもしお金の問題だったとしたら、いかにも作戦ギリギリの資金しか渡されない北朝鮮の工作員らしいことで、「お金を数えるエリート」を意味する金賢姫の名前も、彼女の数奇な運命をものがたる象徴名前だったことになります。
 今回、金賢姫と拉致被害者の家族が面会できたことは有意義ですし、これが拉致問題の進展に役立ってほしいのはもちろんです。ただ、拉致問題での日韓の連携は、もっと早くからできなかったのか、という印象もうけます。金賢姫は韓国での取り調べで、ぼう大な証言を、こと細かくしているはずであり、その情報が日本政府にどれくらい提供されたのか、それがさらに拉致被害者の家族にどれだけ伝えられたのかは不明です。こうした国際的な事件のあつかいは、どうしても各国の政府の思惑がからんではくるでしょう。でも現実の事件の関係者はみな、ふつうの幸せを願っていながら国際謀略にまきこまれ、家族の消息もわからなくなった被害者なのだ、ということこそがもっとも重い事実です。

          参考図書: 「消えた大韓機858便」(林淳一・れんが書房新社)
                「金賢姫全告白、いま、女として」(文藝春秋)
                「朝鮮謀略戦争の読み方」(恵谷治・光文社)