民衆はモノを言え! 中江兆民(竹馬・篤介) |
||||
いま、事業仕分けによっていろいろな予算が削られようとしています。これまでは「税金をここに使ってほしい」という陳情や運動ばかり盛んでしたが、「税金をこういうことに使っていいのか」という吟味が公開の場でされたのははじめてで、画期的なことです。 どんなことでも「必要だ」と理屈をつけるのはカンタンですが、社会のために本当に必要なのかという判断については、これまで国民はカヤの外でした。今回は比較的、抵抗勢力のないものから手がつけられていますが、背後に利権集団がうごめくものにまでメスを入れたら、税金のムダ使いなど、もっとケタちがいにあることでしょう。 このように税金ひとつでも、それが妥当に使われているか私たち国民がいつも見張り、異議をとなえる方法がある、というのが本来の民主主義のシステムです。しかし今なお日本の社会には「庶民はオカミのすることに口出さんでよろしい」といった階級意識も根づよく残っています。 今でさえこのありさまですから、徳川幕府の支配が終わったばかりの明治のはじめのころといえば、世の中全体がタテ社会の感覚にどっぷりつかり、民主主義、情報公開、言論の自由、などという発想は毛頭ありませんでした。 そんな時代に自由民権の考えを広めようとしたのが、日本のルソーといわれた中江兆民です。 彼はフランス留学から帰ったあと、仏蘭西学舎を開いてフランス流民権思想を教え、ルソーの「民約論」を翻訳し、明治政府の専制的なやりかたを批判し、人民の抵抗権、革命権を主張しました。 市民革命をとっくに終えたフランスの空気を胸いっぱい吸いこんできた彼にとって、明治の日本は、アジア的な封建社会をガンとして変えないカビくさい国だったのでしょう。 ところで、一般に親がつけた名前は親の無意識の感覚が表現され、自分で名のった名前は、本人の無意識の世界が表現されます。兆民という名前も、結果として本人の発想や生きざまをよくあらわしているようにみえます。
兆の字のもっとも古い字は、そのヒビを描いたもので、文字通りものごとの「きざし」を意味し、「前兆」「予兆」の熟語にもなっています。 またヒビが入ることから「割れる」「はなれる」の意味ももち、跳(足が地面からはなれる)、挑(分かれて争う)、桃(二つに分かれた形のモモの実)、逃(走り去る)、眺(はなれて見る)などの字に含まれています。 すなわち兆は「分かれる」「はなれる」というイメージをもつ字なのです。 同じ時代に、やはりヨーロッパのデモクラシーを広めようとした福沢諭吉は、「アジア的な発想をすててヨーロッパに学べ」と力説しました。でも兆民はちがい、もともと漢文学が好きでしたので、彼の論文には儒教などの中国の古典もよく引用されています。 彼は名前の「はなれる」の意味のとおり、デモクラシーから儒教まで、つまり似ても似つかないハジからハジまでのあらゆる発想に通じていたのです。そして面白いことに、「明治政府はデモクラシーも、儒教の精神もわかっちゃいない」というふうに批判しています。そして西洋文明の悪い面も百も承知のうえで、それでもヨーロッパ流の民主的な制度にまさるものはないと思い、それを日本に定着させたいと願ったのです。 彼がめざしたのは、民衆が自由にものを言い、行動できる社会を作ることでした。それはいってみれば民衆をオカミの圧力から解き放つことで、いかにも兆民(=民衆をひきはなす)の名前そのままではないでしょうか。 明治政府はヨーロッパ文明の輸入にあくせくしてはいても、民主的な制度や法律をつくって民衆の発言力を強くしようなどとは夢にも思ってはいませんでした。民主的な憲法や議会制度こそはやくつくれ、と言いつづけた兆民は、明治政府とはハッキリ「はなれた」道を歩んでいます。 彼は「東洋自由新聞社」をつくり、同じくフランスに留学した西園寺公望に社長になってもらって自由民権の考えを広めようとしたのですが、その社長がいきなり政府の圧力でやめさせられます。「華族でありながら民衆のがわから政府を批判するような新聞を出すとは何ごとだ」という理由だったらしく、西園寺も「明治は平等の世の中ではなかったのか!」と憤慨しましたが、結局ここで兆民は最大のパートナーと「はなれる」ハメになります。 これこそ兆民が日本の恥部だと毛ぎらいしていた言論の弾圧であり、ますます頭にきた彼はそれからも明治政府を専制的だと言いつづけます。そのためとうとう1887(明治20)年に保安条例によって「2年間首都から出ていろ」と首都追放処分をうけ、首都を「はなれる」ことになりました。 彼はのちに1890(明治23)年、衆議院議員になったりもしましたが、予算のことで立憲自由党の妥協的な態度に腹を立て、自分から議会を「はなれ」てしまいました。 筆一本で政府に立ち向かった人ですが、はなれっぱなしの波乱の人生でもありました。 |
![]()