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■名前に使える字・使えない字 Q&A ![]()
名前に使える漢字は、これまで要望にこたえる形で、つぎのように決められてきました。
名前に使える漢字は、このように、
そのために名前に使える字というのは、大部分が名前にふさわしくない字です。極端にいえば、死、痴、病、毒、餓、邪、敵、泣、豚、蛇、悪、汚、盗、貧、暗、葬、殺、罪、墓などの字はみな含まれます。また悪い意味でなくても、壁、歯、焼、針、黎、油、燦、捷、秒など、名前に使いにくい字が大半をしめます。また電話で説明できない字、活字に変換できない、手書きでしか書けない字もかなりあります。もちろんそんな字を名前に入れれば、本人も不便ですし、世の中で多くの人が被害をうけます。
「名前に使える漢字を増やせ」という要望や、「この字を使わせろ」という個人的な訴訟は、これまで何度も行われてきましたし、今も続いています。でも、私たちが国にそういう主張をするとき知っておくべきことは、相手は名前についてはズブの素人であり、名前に向く字かどうかはまったく考えず、数だけ増やしてしまうということです。その結果はすべて私たち自身にのしかかるのです。 名前に向く字で使用できない字というのは、ほとんど残っていません。この後におよんで「字をふやせ」「自由にさせろ」と言い続けると、ムダな税金が湯水のように使われ、名前に不向きな字が大量に増やされてしまうのです。もういいかげんに要望や訴訟はやめたほうがよいでしょう。 今の日本の中年以上の人が知っているおおよそ2000字の漢字を使ってさえ、まちがった読みかたの名前、人に読めない名前がたくさんつけられています。それが野ばなしのまま、さらに学校でも教えない、ふだん目にしない字が無作為にふやされれば、うっかり名前に不向きな字をつかって後悔する人はでるでしょうし、わかりにくい名前、手書きでしか書けない名前、つまり社会で役目をはたせないような名前はますますふえてしまいます。 めくらめっぽうに漢字の数をふやせば、社会(私たち全員)が迷惑することになるのです。 ★ もちろん「漢字をふやせ」という要望が、社会の流れにかなうこともあります。たとえば、つぎのような状況でしたら、人名用の漢字をふやすのもよいでしょう。 ◎日本人の知っている漢字がふえつつあり、中国や日本の古典を読む若者もふえている ◎名づけでは、「人に迷惑をかけない」ということを、だれもがもっとも重視している ◎ふやした漢字は、ワープロでもメールでも、すぐにメニューから変換できる 今の日本の社会はまるっきりちがいます。活字ばなれは急速で、年齢がさがるほど、知っている漢字は少なくなっています。 ★ 字画占いにしたがって名づけをする場合は、使える漢字が大幅にへり、つけられる名前もかぎられてきます。世の中には「名前に使える漢字をふやせ」という要望が多いのに、字画占いにしたがって名づけをする人も多いのが、面白い現象です。
世の中には、「名前にどんな字を使おうが自由なはずだ」と先に答をきめてしまう意見や、「名前に使う字を制限すること自体、表現の自由の侵害だ」と、憲法を引き合いにだす意見もあります。 ただ残念ながらこういう言い方は具体性がなく、言葉あそびになりやすいのです。 では本当に、外国のどんな文字で名前をつけてもいいのでしょうか? 「いや、漢字だけ自由にすればいい」という意見もありますが、では私たちは漢字をどれくらい知っているのでしょうか? 私たちはふだん漢字を使い、漢字を知っているつもりでいますが、漢字は全部で5万をこえます。私たちが知っている漢字は、多い人でも2千字くらいで、漢字全体の25分の1です。
「制限をなくせ」というのは、「私たちの知っている漢字の25倍の範囲にしろ」ということで、右にあげたような名前を自由につけさせろということです。それはほんとうに社会全体のためを思ってのご意見なのでしょうか? また、「そんな読みにくい字や意味の悪い字をわざわざ使う人はいない。親の良識にまかせればいいことで、国が干渉することではない」という意見もあります。 でも実際は漢字の制限があってすら、人に読めない名前、男女まちがえる名前はふえつづけています。 「人の良識、モラルを信じる」というリッパな言葉にはだれも反論できませんが、だから世の中に法律、規則、ルールがなくてもいい、ということにはなりません。良識があるから規則はいらない、というのがもし本当なら、規則があっても支障ないはずです。 また誤解してはならないのは、憲法でいう「表現の自由」は、法律にふれないかぎり、公共の福祉に反しないかぎり(つまり社会に迷惑をおよぼさないかぎり)、言論や、文章、作品の発表が弾圧されることがあってはならないという意味です。 「どんな字でも使って、人に迷惑をかける名前をつけなさい」と保証している条文ではありません。(昭和26年4月9日東京高裁) 追加漢字の質にたいする牧野くにおの批評
追加漢字の弊害にたいする牧野くにおの警告
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