よい名前は よい名づけから



 
●名づけの傾向














   





■ 最近の名前はわからない、という批判について
 

 最近は、極端な珍奇名前が個性的なように思われ、一部のお子さんにつけられています。つけているご本人たちはキラキラネームと呼んだりしていますが、「そんな名前は読めない」「子供がかわいそう」といった批判も聞かれます。
 これについては、知っておいていただきたいことがあります。

 
まず、名前は珍名だからいけないということはありません。たとえば美笛(みてき)という名はめずらしいですが、使いやすい、しゃれた名前でだれからも好感がもたれるでしょう。でももし鳥羽(つばさ)、星(すたあ)などという名前をつけたとしたら、だれにも読めず、男女をまちがえ、社会で混乱がおきて多くの人が迷惑し、本人もイヤな思いをしながら一生使わされることになるかもしれません。
 このようにめずらしい名前にも天地の開きがあるのです。逆にいま多い人気の名前でもまちがった読み方の名前、男女をまちがえる名前はかなりあります。つまり名づけで大事なことは多いか少ないかではなく、名前に欠陥があるか無いかです。
 ただ一般的には、名前はめずらしくするほど大きな欠陥が出たり、本人に一生恥をかかせることがおきやすいので、細心の注意が必要だということです。
 ただし実名でなく芸名、ペンネームでしたら、奇抜な名前は印象に残りやすく、トクなこともあります。多くの人に知られてしまえば、多くの人が読めますし、男女もわかります。しかも本人が作る名前ですから、自分でみっともないと思う名前はつけないはずです。

 実名として大きな欠陥のある珍奇名前は、一部のマスコミが面白がって集めて発表することがありますが、テレビで言った、雑誌にのっていたからといって、「それがトレンドだ」「そういうのもありなんだ」と思うとまちがえます。ドッキリネタ、お笑いネタと名づけの知識とはちがいます。
 しかもそうした名前をつけた人を「個性がある」「感性がいい」と思う人は少なく、ただのヘタくそな名づけ、悪ふざけに見られやすく、知能やモラルの二極化によるものだ、とさえ言われたりもします。
 ただし心理的には「過剰適応」といって、他人のことが気になりすぎるのが原因で、お気の毒なことではあるのです。そして無抵抗な赤ちゃんの名づけのとき、「だれもつけない名前が個性的だ」という勘ちがいがおきてしまうのです。
 ただそうはいっても、社会の反応は意外に冷たいのです。もし人に不快感を与えたり、つけた人の知能やセンスを疑われるようなことにでもなったら、何のための名づけかわからなくなってしまいます。

            
よろしければ参考意見をどうぞ


 奇妙奇天烈な名をつけた親はおそらく自分らしさを持った個性的な名づけをしたと、自認自足していることであろう。しかし、現実には、それが名前としてちゃんと読んでもらえない、陰で舌打ちをするというような反発さえ生んでいる。つまり十全な機能を果たし得ていないのである。

 これ以外にも、イメージ先行のでたらめが意外なほど多い。その原因の一つとして考えられるのは、「名づけ指南書」の存在である。…… その著者の多くは開運を導くと称する占いの専門家のようである。……そして、開運に良しとして奨める実例が、このでたらめな音訓の使用に基づいたものである。

      読みにくい名前はなぜ増えたか(佐藤稔・吉川弘文館)


         <難読名前は子供に迷惑では

              歯科医 津田栄治        産経新聞

 ここ数年、診療所に来院する児童で気がつくのは読むのが難しい名前が多いことだ。外国人名に漢字をあてたものや、こじつけめいたもの、また「どう考えてもこうは読めないだろう」と首をかしげたくなる読ませ方のものもある。
 こういう名前を目にするたび「この子供たちの親は本当にわが子の幸福を考えているのだろうか」と疑問を感ずる。
 私の母は「訓子」と書いて「のりこ」と読む。この名前ですら、母は「幼いころから大勢の前で名前の読み方を聞かれ、そのたびに恥ずかしい思いをした」と今でもいまいましそうに語る。
 親の勝手な好みやこだわり、新奇さや流行で、将来を左右しかねない名をつけられては子供たちがかわいそうだと思う。文字には読みやすさも重要な要素だと考える。大人は素直な態度で命名に臨むべきじゃないか。